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2014クリスマスの食卓



昨日は二女と三女の休みが重なったので

2人でクリスマスディナーを用意してくれた。

三女が作ったアルボンディガス
(スペイン風肉だんごのトマト煮)

二女が作ったリースサラダ、パンプキンスープ、ケーキ


ビールとワインとシャンメリーで乾杯

(^^)/▽☆▽\(^^)


母子5人で過ごすクリスマスは今年が最後…になるはず

来春、末っ子長男が高校を卒業し巣立っていくからね。


寂しいような、嬉しいような…
台風18号のおかげでここ数日はものすごく調子が悪い(><)

体中がジンジンビリビリズキズキする(;>д<;)


世間じゃ今日は敬老の日らしい。

わが家の最長老は45歳の私なので関係ないけど…

若いもんら、敬ってくれるかなぁ??( ̄▽ ̄;)


高齢者のことについて、語りたいことは山ほどある。

そんな中で今回はひとつだけ

おむつのことを書いてみる。


昨年4月に亡くなった父


長く入院していても成す術がないということで退院となり

60代の若さで高齢者施設を転々とした。

入所はどこも多くの順番待ちで

短期入所という手段しかなかったからだ。


まあまあ良い施設、酷い施設、いろいろあった。

中でもおむつのことで思い出すのは某施設。


脳梗塞や肝臓の病気を抱えていた父

部分的には認知症と診断されても仕方ない部分は確かにあった。

けど、中身はしっかり「父その人」であり

考えていることや想うことはとてもしっかりしていた。


紙パンツをはかされたのが気にいらない父

尿意はちゃんとわかるし、意思表示もできた。

なのに、介護職員さんたちに

「おむつはいてるんだから、おむつにして。」

と、言われたのだ。


憤った父は、唯一同年代だった入所者の男性に話したそうだ。

すると、

「言うても無駄よぉ。聞いてくれりゃあせん。」


父は何でも仕事の効率とかに結び付けて考える人で

自分が情けない立場に追いやられたとか思ったわけじゃなく

介護の仕事として考えたとき

実際、誰かが手を添えるだけでトイレを使うことができる人たちまで

みんなおむつにしてしまったら

逆にその分、介護者の負担が増えるじゃないかと憤慨していた。


もちろん、言われた側の気持ちも損なうのは当然で…。

介護の現場が大変なのはわかるけど

双方の負担を軽くしながら効率良い介護をすればいいのに

ということを一生懸命話してくれていた。


ん~

調子悪いせいか上手くまとまらない(--;

文章が変??


介護施設でのエピソードは他にもいろいろあるんだけど

長くなりすぎるので書けない。


本当は、

管つけまくって胃ろうまでつけて

無理矢理延命するのは高齢者虐待なんじゃないかということ

それについても書きたかったんだけど…。


おむつの話に戻る。


テレビCMでめっちゃ腹の立つのが

乳幼児向けおむつのCM


積み木を一生懸命積み上げてる子

がんばって集中してるのをジャマしたくないから

おしっこしてもほっとくよ


って内容のもの。


『5回分のおしっこを吸収できます!』


はぁ!? ∑(`д´;


5回おしっこするまでおむつ替えんのんかい!?(怒)


ほとんど布おむつで4人の子を育てた私。


おしっこしたら濡れてキモチワルイよ

ってことは

生まれてすぐの赤ちゃんでもわかってる。

だからおむつを替えてやる。

それを繰り返すことで赤ちゃんは

おしっこというものを理解し覚えていく。

そして1歳を過ぎれば少しずつ

おまるやトイレですればいいんだってことがわかってきて

2歳くらいになればトイレトレーニングは完了する。


わが子たちを見ていて当たり前の成長だったので

今の赤ちゃんって

5回おしっこしてもサラサラのおむつを

ずっと使ってたら濡れるってこと知らないんよね(・・;)

じゃあ、いつトイレでできるようになるんだろ???


介護も育児も大変なのはわかってる。

だから介護する人、育児する人のためには

夜間に紙おむつを使うのは仕方ないかなと思う。


でも…

なんか違うんよね、おむつの考え方が。


なんか支離滅裂になってきたので

またそのうち

頭がはっきりしてて体調マシなときに

書けたら書こう(;^^A
昨日は母の命日だった。


突然の別れから4年。

13日の深夜、日付が14日に変わると

涙がぽろぽろと溢れてきた。


それでも、時間というのはありがたいもので

普段は親がいなくなった現実にもすっかり慣れてしまっている。


少し泣いたら気分も落ち着き、ぐっすり眠って

子どもたちは休日や遅出だったので

いつも以上に遅い朝がきた。


洗濯だけすませたら

またいつも以上にゆっくり休んで

夕方からの外出に備えた。


地元での同窓会に出席するためだ。


お盆休みに入った長女は

私の同窓会に合わせて

地元の友人と会食の予定を入れてくれて

会場まで私を送ってくれた。


会場に着くと

次々と懐かしい顔が現れた。


3クラスあったうちの1クラス+αというメンバーで

集まったのは、そのクラスの担任の先生と15名の生徒

私は+αのうちの1人


5年前、まだほぼ寝たきりだった頃

お見舞いに来てくれた3人(^^)


それ以外のメンバーとは

高校でちょこっと一緒だった子もいるけど

私は中退したので

約30年ぶりの再会(>▽<)


みんなおしゃべりに夢中になり

とっても楽しくて濃い3時間だった!


↓一応、ボカシた(^^;
20130814中学校同窓会ブログ用



笑ってばかりの時間の中で

最後にちょっとしんみりしたのは

すでにこの世からいなくなってしまった何名かの同級生の話


中学3年生から30年という長い時間が流れた45歳

それぞれがいろんな環境でいろんな人生を送っている。


いろいろな想いを抱えながら生きていて

命のことをしっかりと考える年齢にもなった。


誰も涙こそ見せなかったけれど

それぞれの胸の中に深いものがあるんよね。


とっても素敵な時間を過ごし

出席できて本当に良かったと感慨に浸りながら

迎えに来てくれた長女の車で会場をあとにした。


その後は、

宴会場から移動し

同じ敷地内にある宿泊場所で二次会が行われたらしい。

そちらへも参加したかったけど

さすがに体がついていけなくて…

それだけはちょっと心残り。


でも、またみんなで集まろうとか、

1クラス+αじゃなくて

3クラス合同で学年全体の同窓会をやろうって話も出た。


30年近く離れていた同級生たちと再びつながって

次の再会も楽しみだし

今回出席できなかった同級生との再会も楽しみ!


今を生きてる45歳。

これからも、生きていこう。


命を想いながら・・・。
お母ちゃん、お父ちゃん、誕生日ありがとう。

天国から見てくれようるんじゃけぇ

わかっとる思うけど

今回の入院でもいろんなことがあったんよ。

お父ちゃんが言うた通り

人間、死ぬまで

毎日の出来事が勉強なんじゃなぁ思うた。

また少し元気になって

今日退院するで。

子どもらぁもいろいろあって

まぁ、まだ頼りないこともぎょうさんあるけど

私より大人な面も

それぞれに持っとるわぁ。

私は幸せもんじゃと思うとるよ。
あっというまに今年も半分が過ぎてしまった。

もっと頻繁に書こうと思ってたのに

いろいろあって…(--;


というワケで、ちょこっと近況報告


4月初旬から始めた実家倉庫の片付けが

3日前にようやく終了。


うちの4人の若いもんらが本当によく頑張ってくれた。

そして、作業を手伝ってくれたり

いろいろ助けてくれたみんなに感謝感謝で

その日の夜は号泣だった(つ_T)


この3ヶ月

いろいろな想いがあふれて

涙することも度々あって

いつか流行った歌を思い出した。


♪涙の数だけ強くなれるよ♪


ってことは

私ってすでにかなり強い女??


なのに、さらにパワーアップするらしい(。・ω・。)


泣いたり笑ったり

忙しかったりバテバテだったりしてる間に

今年のアサガオが咲き始めてた。

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そして昨夜は、

前から楽しみにしていた飲み会に参加(^-^)


美味しい和食屋さんに4人が集まり

とっても美味しくて楽しい時間だった。


家族以外の人と夜外食するなんて何年ぶりだろう…

主治医からも

「楽しいお酒は飲んでもいいよ」って

お墨付きを頂いてるので

生ビールでカンパイしたあとは

初めて飲むとっても美味しい日本酒を少しずつ楽しんだ。


帰りの時間を気にしなきゃいけなかったのが残念。

飲み足りないわけじゃなく(笑)

もっと語り合いたくて不完全燃焼気味

よっしゃ、今度はお泊りコースじゃ~!


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さて、今週はまた入院。

もう何回めかわかんなくなってくる。

慣れてるとは言っても準備は大変(><)

今日から少しずつやろうかな…


今度もまた新しい出会いがあるんだろう。

病友さんのひとりと3日間重なることがわかってるので

再会も楽しみ。


また少し、元気になるよ。


長い時間かかってるけど

確実に一歩一歩

回復してる実感が嬉しい(つ_;)
4月初旬 実家に隣接する倉庫の解体が決まり

急遽、中のものを全部片付けることになった。


弟たち(NY・東京)が帰れないので

わが家で唯一運転できる長女が休みの度に

二女・三女・末っ子長男を連れて

時々、私も一緒に片道1時間半かけて通っている。


二女は職場の都合で休みがなかなか長女と合わせられないけど

三女はわりと合わせてもらうことができ

末っ子長男も土日や祝日、試験終わりに行ってくれて


以前わが家に1年間居候していた通称『里子(さとご)』娘も

ダンナ連れてきて手伝ってくれたり


2ヶ月近く通ってようやく終わりが見えてきた。


昭和初期に建てられた古くて大きな倉庫


父の代でシャッターにしたり、補強したり、

中に二階や棚や休憩室を作ったり…


じっくり見るといろいろ感慨深い。


倉庫の中身は父がやっていた会社関連のものだけじゃなく

私的なものも奥の方にあるようなので

業者頼んで一気に棄てるワケにもいかず

そんなお金もないので

自分たちで仕分けして

今すぐ処分するかどうか決められないものは

自宅兼事務所の建物に移動することにした。


先月、私が入院している最中も

長女の休みの度に若いもんらが通って作業し

その後も何度も通っている。


祖父が始め、父が受け継ぎ築いてきたものを

片付け、壊していくことは切ない。


それでも誰もがいつかは通る現実。


大きな倉庫の片付けは思った以上に大変で

その上、事務所も片付けて

倉庫から出したものを置く場所を作らなきゃいけない。


私も鎮痛剤飲んで湿布貼りながら

できる範囲のことをやった。


若いもんらが大量のゴミ袋を作り軽トラに載せ

それを長女が運転してクリーンセンターへ運ぶ。


事務机や椅子や棚などのスチール製品も処分。

若いもんらが軽トラに載せ

長女が廃棄物処理業者へ運ぶ。


どちらも車で数分の場所だけど

1日に5~6往復もすればさすがに疲れるだろう。


普段はみんな仕事をしているわけだし

末っ子長男は大学受験を控えているし

先週は中間試験もあった。


26(日)と27(月)は長女が連休だったので

日曜は私と末っ子長男と3人で

月曜は二女と三女が休みを長女に合わせることができたので

私も一緒に4人で行ってきた。


2日連続となるとさすがにかなりバテた。

日曜はあまり役に立たなかった私。

月曜はヤケになって事務所内を片付けた。

感慨に浸るヒマもないくらい体調ヤバかった(@△@;)


その日の夕飯は

実家のお向かいのお好み焼き屋さんで

5人分焼いてもらって持ち帰った。


すっかり日が暮れた帰りの車内。

お好み焼きのイイにおいが立ち込める中

三女が好きなポルノグラフィティの曲をずっと流してた。


家が近づいた頃流れはじめたのが『愛が呼ぶほうへ』

10年前のテレビドラマ

「末っ子長男姉三人」の主題歌として使われた曲だ。

勝手に、わが家のテーマソングでもあると思ってる(^^;



ポルノグラフィティ/愛が呼ぶほうへ in 因島 小学生編・高校生編

愛が呼ぶほうへ 歌詞


ちょっと変なテンションの独身女4人で熱唱した。


♪花が~ 空に~ 伸び~ゆくように

♪海を~ 越える~ 旅人のように

♪いつも~ 導か~れ~て~いる~ので~しょう~~

♪愛が呼ぶほうへ~~~


ちょうど歌い終わる頃、アパートに着いた。


家に入ると横になったまましばらく動けず。。。ミ(o_ _)o


少し落ち着いてから起き上がり

お好み焼きを食べてたら

涙がぽろぽろぽろぽろ溢れてしまった(;△;)

泣きながら食べたお好み焼き、美味しかった。



小さな体でパワフルに動いてくれる長女


4年前の悪夢の引っ越しを思い出すと

別人のように成長し大人になった二女と三女


末っ子長男はすっかりたくましくなり

唯一の男手として作業してくれる。


あの日…

父の葬儀の後

東京の弟が言ったように

私たち子や孫が、父と母の大事な遺産。


過去の思い出はまたひとつ消えてしまうけれど

未来たちはどんどん輝きを増している。
早いもので、あの日から丸1年

父と母はクリスチャン


世間一般の一周忌とか三回忌とか?

そういうのがわが家にはないので

NYの弟も東京の弟も帰ってこない。

なんかちょっと寂しい。


宗教色はなくても

他の家のように

丸1年の日くらい

家族が集まって

泣いたり笑ったりしたかったな。


今夜はわが家で

いつも通り

私と子どもたちで

じいちゃんの思い出話でもしようか。


母が亡くなったときは急だったせいか

私はマジうつ状態に陥った。

一方、父のことですったもんだし

挙げ句、父にとっては不本意な形で

わが家に引き取って…

途中からは母のことで落ち込んでるヒマがなかった。


でも、度々

母を感じていた。


私が休んでいるベッドの淵に座っていたり

廊下を歩いていたり

お風呂に入ってると脱衣場にいたり…


霊感なんかない。

っていうか、幽霊とかって全然信じてない。

そんなもんより生きてる人間の方が怖いから。


でも、なぜか母はいつも私のところに来ていた。

父が心配だったのかな?

父を迎えに来てたのかな?


父が亡くなってから

母は一度も現れない。

それどころか父も全然来ない。


行ったことないから知らんけど

もしもあの世とやらがあるのなら

この世では持てなかった

ふたりきりの穏やかな生活を

楽しんでるのかもしれない。


父がいなくなってからの1年は

マジうつっていうより

常にプチうつって感じかな。


同世代ですでに親を失った人は

わりとたくさんいる。


超高齢化社会も今がピークで

その下の年代は弱いのかもしれない。


数日前、

祖母が昨年12月に亡くなっていたことを

偶然知った。


幼少期、一緒に住んでいた祖母

父の養父の後妻だけど

私がその事実を知ったのは中学生のとき

それまでは実の祖母だと思ってた。


母が亡くなったとき

父は病で介護が必要な状態だったから

認知症が進み施設に入れていた祖母のことは

祖母の実の娘たちに任せた。


血縁はなくても

叔母・姪という付き合いをしていたつもりだったのに

祖母が亡くなったことを連絡してこなかったということは

もう、私たちとは親戚付き合いをしないということなのだろう。


去年8月

私と子どもたちみんなで会いに行けて良かった。


こうして文字通り

まだ若くてピチピチ(?)の私が

家族の中で最長老になってしまった。


来週また入院。

またあの痛ぁ~~い注射をブスブスしたり

背中に太い針刺されるエアパッチしたり…


でも、また少し

元気になるよ。


少しずつ少しずつ

わずかな一歩一歩だけど

回復していくよ。


一家の最長老だからといって

まだまだ老け込む年じゃないし。


次に家族が集まるのは

誰かの結婚式じゃ~!


次は誰だろ??

東京の弟?

うちの長女?


ん~

やっぱ、私が先に…


その方がみんな安心するよねぇ。

でも、現実は全然うまくいかず…

相変わらず夢見る乙女な最長老なのであった。

今朝早く息子が友だちと撮ってきた初日の出

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私流のお雑煮は、

鶏もも肉・大根・にんじん・れんこん・ごぼう・油揚げで醤油味。

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昨日、長女と二女がいろいろ作ったり

生協で買ったものを詰めてくれた簡単おせち。

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母も父もいなくなり、弟たちは帰省しないし、

母子5人いつも通りの朝。

このいつも通りの幸せを

今年はいつも以上に大切にしたいと思う。

だって、来年は 『解散』 だもの・・・。


先週、喪中ハガキ代わりにクリスマスカードを送った。

というと変な感じなんだけど

両親がクリスチャンだったので

わが家には喪中という概念がなく

でもやっぱ世間的には喪中ハガキ出すべき??

いろいろ考えて結局3年前にもクリスマスカードにした。


2012クリスマスカード表紙-2


illust4443_thumb.gif


辛く寂しい幼少期を過ごしたつもりでいました。

自分で温かい家庭を作りたくて 早くに家を出ました。


でも、ふり返ると

やっぱり 愛されていたんだなぁと…


本年4月6日 父が70歳で他界しました。


父と母が出逢い 結婚式を挙げ 毎週通い続け

そして3年前 母の葬儀を行った教会で

母のところへ送ることができました。


わが家は少し早い世代交代


子どもたちや まだ幼い甥

これから生まれてくるであろう 父と母の孫やひ孫に

母として 伯母として 祖母として

いろいろ伝えていかなければと思う 今日この頃です。


今年も 心を寄せていただき ありがとうございました。

素敵なクリスマスを 良い新年をお迎えください。

                 2012年12月

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表紙は、去年11月にうちの長女が撮った 父と甥の手

開いたカードの右側に文章

左側には家族の写真を添えて…


普段はインターネットしない友人知人から

一昨日から今日にかけてメールや電話で

「カード届いたよ~」「ありがとう」って次々と連絡が入る。

みんなの気持ちが嬉しい(つ_;)


もちろん、

このブログ見てくれてる病友さんたちも

インターネットでつながってるみなさんも

今年一年 本当にありがとう。
2~3ヶ月前(だったと思う)

娘らが某家電量販店の大安売りで

32インチのを大きいテレビを買ってくれた。

(え?もしかして、世間的には大きくない??)


それまでリビングにあったのは

長女が1人暮らしをしていたときに使っていた小さい地デジ。

一応、地デジなのにBS機能がついてない安物だった。


で、つい最近やっとわが家でもBSというものを

視聴できるようになり

チャンネル数の多さに慣れてなくて

戸惑いっぱなしだったけど

古いドラマを放送してたりするので

時々楽しむようになった。


昨夜観たのは

『素顔のままで』(1992年)と

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『29歳のクリスマス』(1994年)

当時私は24~26歳だけど

リアルタイムでは観ていない。


3人の小さな娘を抱え子育て真っ最中の専業主婦で

実家の近所に住んでいたので

祖母のお守りもしていたし

時々、娘たちが通う幼児園の手伝いをしていた。


主題歌が流行っていたのは覚えてる。

同世代はちょこっとお姉さんたちのこのドラマを

観て楽しんでいたのかな…。


自分の20年前を思い出しながら

この古い2つのドラマを毎回楽しみにしている。

他は、歌番組とかがおもしろい。


昼間はほとんどテレビ観ることないんだけど

夕方はいつもの『水戸黄門』

♪人生楽ありゃ苦もあるさ〜

♪涙のあとには虹も出る〜

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おっと、今日も始まる~~!!観にゃいけん。
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