2017/081234567891011121314151617181920212223242526272829302017/10

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
昨日は母の命日だった。


突然の別れから4年。

13日の深夜、日付が14日に変わると

涙がぽろぽろと溢れてきた。


それでも、時間というのはありがたいもので

普段は親がいなくなった現実にもすっかり慣れてしまっている。


少し泣いたら気分も落ち着き、ぐっすり眠って

子どもたちは休日や遅出だったので

いつも以上に遅い朝がきた。


洗濯だけすませたら

またいつも以上にゆっくり休んで

夕方からの外出に備えた。


地元での同窓会に出席するためだ。


お盆休みに入った長女は

私の同窓会に合わせて

地元の友人と会食の予定を入れてくれて

会場まで私を送ってくれた。


会場に着くと

次々と懐かしい顔が現れた。


3クラスあったうちの1クラス+αというメンバーで

集まったのは、そのクラスの担任の先生と15名の生徒

私は+αのうちの1人


5年前、まだほぼ寝たきりだった頃

お見舞いに来てくれた3人(^^)


それ以外のメンバーとは

高校でちょこっと一緒だった子もいるけど

私は中退したので

約30年ぶりの再会(>▽<)


みんなおしゃべりに夢中になり

とっても楽しくて濃い3時間だった!


↓一応、ボカシた(^^;
20130814中学校同窓会ブログ用



笑ってばかりの時間の中で

最後にちょっとしんみりしたのは

すでにこの世からいなくなってしまった何名かの同級生の話


中学3年生から30年という長い時間が流れた45歳

それぞれがいろんな環境でいろんな人生を送っている。


いろいろな想いを抱えながら生きていて

命のことをしっかりと考える年齢にもなった。


誰も涙こそ見せなかったけれど

それぞれの胸の中に深いものがあるんよね。


とっても素敵な時間を過ごし

出席できて本当に良かったと感慨に浸りながら

迎えに来てくれた長女の車で会場をあとにした。


その後は、

宴会場から移動し

同じ敷地内にある宿泊場所で二次会が行われたらしい。

そちらへも参加したかったけど

さすがに体がついていけなくて…

それだけはちょっと心残り。


でも、またみんなで集まろうとか、

1クラス+αじゃなくて

3クラス合同で学年全体の同窓会をやろうって話も出た。


30年近く離れていた同級生たちと再びつながって

次の再会も楽しみだし

今回出席できなかった同級生との再会も楽しみ!


今を生きてる45歳。

これからも、生きていこう。


命を想いながら・・・。



お母ちゃん、お父ちゃん、誕生日ありがとう。

天国から見てくれようるんじゃけぇ

わかっとる思うけど

今回の入院でもいろんなことがあったんよ。

お父ちゃんが言うた通り

人間、死ぬまで

毎日の出来事が勉強なんじゃなぁ思うた。

また少し元気になって

今日退院するで。

子どもらぁもいろいろあって

まぁ、まだ頼りないこともぎょうさんあるけど

私より大人な面も

それぞれに持っとるわぁ。

私は幸せもんじゃと思うとるよ。


あっというまに今年も半分が過ぎてしまった。

もっと頻繁に書こうと思ってたのに

いろいろあって…(--;


というワケで、ちょこっと近況報告


4月初旬から始めた実家倉庫の片付けが

3日前にようやく終了。


うちの4人の若いもんらが本当によく頑張ってくれた。

そして、作業を手伝ってくれたり

いろいろ助けてくれたみんなに感謝感謝で

その日の夜は号泣だった(つ_T)


この3ヶ月

いろいろな想いがあふれて

涙することも度々あって

いつか流行った歌を思い出した。


♪涙の数だけ強くなれるよ♪


ってことは

私ってすでにかなり強い女??


なのに、さらにパワーアップするらしい(。・ω・。)


泣いたり笑ったり

忙しかったりバテバテだったりしてる間に

今年のアサガオが咲き始めてた。

1044511_516662945080689_1691406759_n[1]



そして昨夜は、

前から楽しみにしていた飲み会に参加(^-^)


美味しい和食屋さんに4人が集まり

とっても美味しくて楽しい時間だった。


家族以外の人と夜外食するなんて何年ぶりだろう…

主治医からも

「楽しいお酒は飲んでもいいよ」って

お墨付きを頂いてるので

生ビールでカンパイしたあとは

初めて飲むとっても美味しい日本酒を少しずつ楽しんだ。


帰りの時間を気にしなきゃいけなかったのが残念。

飲み足りないわけじゃなく(笑)

もっと語り合いたくて不完全燃焼気味

よっしゃ、今度はお泊りコースじゃ~!


1009890_517258518354465_399140066_n[1]



さて、今週はまた入院。

もう何回めかわかんなくなってくる。

慣れてるとは言っても準備は大変(><)

今日から少しずつやろうかな…


今度もまた新しい出会いがあるんだろう。

病友さんのひとりと3日間重なることがわかってるので

再会も楽しみ。


また少し、元気になるよ。


長い時間かかってるけど

確実に一歩一歩

回復してる実感が嬉しい(つ_;)

4月初旬 実家に隣接する倉庫の解体が決まり

急遽、中のものを全部片付けることになった。


弟たち(NY・東京)が帰れないので

わが家で唯一運転できる長女が休みの度に

二女・三女・末っ子長男を連れて

時々、私も一緒に片道1時間半かけて通っている。


二女は職場の都合で休みがなかなか長女と合わせられないけど

三女はわりと合わせてもらうことができ

末っ子長男も土日や祝日、試験終わりに行ってくれて


以前わが家に1年間居候していた通称『里子(さとご)』娘も

ダンナ連れてきて手伝ってくれたり


2ヶ月近く通ってようやく終わりが見えてきた。


昭和初期に建てられた古くて大きな倉庫


父の代でシャッターにしたり、補強したり、

中に二階や棚や休憩室を作ったり…


じっくり見るといろいろ感慨深い。


倉庫の中身は父がやっていた会社関連のものだけじゃなく

私的なものも奥の方にあるようなので

業者頼んで一気に棄てるワケにもいかず

そんなお金もないので

自分たちで仕分けして

今すぐ処分するかどうか決められないものは

自宅兼事務所の建物に移動することにした。


先月、私が入院している最中も

長女の休みの度に若いもんらが通って作業し

その後も何度も通っている。


祖父が始め、父が受け継ぎ築いてきたものを

片付け、壊していくことは切ない。


それでも誰もがいつかは通る現実。


大きな倉庫の片付けは思った以上に大変で

その上、事務所も片付けて

倉庫から出したものを置く場所を作らなきゃいけない。


私も鎮痛剤飲んで湿布貼りながら

できる範囲のことをやった。


若いもんらが大量のゴミ袋を作り軽トラに載せ

それを長女が運転してクリーンセンターへ運ぶ。


事務机や椅子や棚などのスチール製品も処分。

若いもんらが軽トラに載せ

長女が廃棄物処理業者へ運ぶ。


どちらも車で数分の場所だけど

1日に5~6往復もすればさすがに疲れるだろう。


普段はみんな仕事をしているわけだし

末っ子長男は大学受験を控えているし

先週は中間試験もあった。


26(日)と27(月)は長女が連休だったので

日曜は私と末っ子長男と3人で

月曜は二女と三女が休みを長女に合わせることができたので

私も一緒に4人で行ってきた。


2日連続となるとさすがにかなりバテた。

日曜はあまり役に立たなかった私。

月曜はヤケになって事務所内を片付けた。

感慨に浸るヒマもないくらい体調ヤバかった(@△@;)


その日の夕飯は

実家のお向かいのお好み焼き屋さんで

5人分焼いてもらって持ち帰った。


すっかり日が暮れた帰りの車内。

お好み焼きのイイにおいが立ち込める中

三女が好きなポルノグラフィティの曲をずっと流してた。


家が近づいた頃流れはじめたのが『愛が呼ぶほうへ』

10年前のテレビドラマ

「末っ子長男姉三人」の主題歌として使われた曲だ。

勝手に、わが家のテーマソングでもあると思ってる(^^;



ポルノグラフィティ/愛が呼ぶほうへ in 因島 小学生編・高校生編

愛が呼ぶほうへ 歌詞


ちょっと変なテンションの独身女4人で熱唱した。


♪花が~ 空に~ 伸び~ゆくように

♪海を~ 越える~ 旅人のように

♪いつも~ 導か~れ~て~いる~ので~しょう~~

♪愛が呼ぶほうへ~~~


ちょうど歌い終わる頃、アパートに着いた。


家に入ると横になったまましばらく動けず。。。ミ(o_ _)o


少し落ち着いてから起き上がり

お好み焼きを食べてたら

涙がぽろぽろぽろぽろ溢れてしまった(;△;)

泣きながら食べたお好み焼き、美味しかった。



小さな体でパワフルに動いてくれる長女


4年前の悪夢の引っ越しを思い出すと

別人のように成長し大人になった二女と三女


末っ子長男はすっかりたくましくなり

唯一の男手として作業してくれる。


あの日…

父の葬儀の後

東京の弟が言ったように

私たち子や孫が、父と母の大事な遺産。


過去の思い出はまたひとつ消えてしまうけれど

未来たちはどんどん輝きを増している。

早いもので、あの日から丸1年

父と母はクリスチャン


世間一般の一周忌とか三回忌とか?

そういうのがわが家にはないので

NYの弟も東京の弟も帰ってこない。

なんかちょっと寂しい。


宗教色はなくても

他の家のように

丸1年の日くらい

家族が集まって

泣いたり笑ったりしたかったな。


今夜はわが家で

いつも通り

私と子どもたちで

じいちゃんの思い出話でもしようか。


母が亡くなったときは急だったせいか

私はマジうつ状態に陥った。

一方、父のことですったもんだし

挙げ句、父にとっては不本意な形で

わが家に引き取って…

途中からは母のことで落ち込んでるヒマがなかった。


でも、度々

母を感じていた。


私が休んでいるベッドの淵に座っていたり

廊下を歩いていたり

お風呂に入ってると脱衣場にいたり…


霊感なんかない。

っていうか、幽霊とかって全然信じてない。

そんなもんより生きてる人間の方が怖いから。


でも、なぜか母はいつも私のところに来ていた。

父が心配だったのかな?

父を迎えに来てたのかな?


父が亡くなってから

母は一度も現れない。

それどころか父も全然来ない。


行ったことないから知らんけど

もしもあの世とやらがあるのなら

この世では持てなかった

ふたりきりの穏やかな生活を

楽しんでるのかもしれない。


父がいなくなってからの1年は

マジうつっていうより

常にプチうつって感じかな。


同世代ですでに親を失った人は

わりとたくさんいる。


超高齢化社会も今がピークで

その下の年代は弱いのかもしれない。


数日前、

祖母が昨年12月に亡くなっていたことを

偶然知った。


幼少期、一緒に住んでいた祖母

父の養父の後妻だけど

私がその事実を知ったのは中学生のとき

それまでは実の祖母だと思ってた。


母が亡くなったとき

父は病で介護が必要な状態だったから

認知症が進み施設に入れていた祖母のことは

祖母の実の娘たちに任せた。


血縁はなくても

叔母・姪という付き合いをしていたつもりだったのに

祖母が亡くなったことを連絡してこなかったということは

もう、私たちとは親戚付き合いをしないということなのだろう。


去年8月

私と子どもたちみんなで会いに行けて良かった。


こうして文字通り

まだ若くてピチピチ(?)の私が

家族の中で最長老になってしまった。


来週また入院。

またあの痛ぁ~~い注射をブスブスしたり

背中に太い針刺されるエアパッチしたり…


でも、また少し

元気になるよ。


少しずつ少しずつ

わずかな一歩一歩だけど

回復していくよ。


一家の最長老だからといって

まだまだ老け込む年じゃないし。


次に家族が集まるのは

誰かの結婚式じゃ~!


次は誰だろ??

東京の弟?

うちの長女?


ん~

やっぱ、私が先に…


その方がみんな安心するよねぇ。

でも、現実は全然うまくいかず…

相変わらず夢見る乙女な最長老なのであった。

今朝早く息子が友だちと撮ってきた初日の出

NEC_0198.jpg


私流のお雑煮は、

鶏もも肉・大根・にんじん・れんこん・ごぼう・油揚げで醤油味。

NEC_0196.jpg


昨日、長女と二女がいろいろ作ったり

生協で買ったものを詰めてくれた簡単おせち。

NEC_0197.jpg


母も父もいなくなり、弟たちは帰省しないし、

母子5人いつも通りの朝。

このいつも通りの幸せを

今年はいつも以上に大切にしたいと思う。

だって、来年は 『解散』 だもの・・・。

先週、喪中ハガキ代わりにクリスマスカードを送った。

というと変な感じなんだけど

両親がクリスチャンだったので

わが家には喪中という概念がなく

でもやっぱ世間的には喪中ハガキ出すべき??

いろいろ考えて結局3年前にもクリスマスカードにした。


2012クリスマスカード表紙-2


illust4443_thumb.gif


辛く寂しい幼少期を過ごしたつもりでいました。

自分で温かい家庭を作りたくて 早くに家を出ました。


でも、ふり返ると

やっぱり 愛されていたんだなぁと…


本年4月6日 父が70歳で他界しました。


父と母が出逢い 結婚式を挙げ 毎週通い続け

そして3年前 母の葬儀を行った教会で

母のところへ送ることができました。


わが家は少し早い世代交代


子どもたちや まだ幼い甥

これから生まれてくるであろう 父と母の孫やひ孫に

母として 伯母として 祖母として

いろいろ伝えていかなければと思う 今日この頃です。


今年も 心を寄せていただき ありがとうございました。

素敵なクリスマスを 良い新年をお迎えください。

                 2012年12月

ch03c.gif





表紙は、去年11月にうちの長女が撮った 父と甥の手

開いたカードの右側に文章

左側には家族の写真を添えて…


普段はインターネットしない友人知人から

一昨日から今日にかけてメールや電話で

「カード届いたよ~」「ありがとう」って次々と連絡が入る。

みんなの気持ちが嬉しい(つ_;)


もちろん、

このブログ見てくれてる病友さんたちも

インターネットでつながってるみなさんも

今年一年 本当にありがとう。


2~3ヶ月前(だったと思う)

娘らが某家電量販店の大安売りで

32インチのを大きいテレビを買ってくれた。

(え?もしかして、世間的には大きくない??)


それまでリビングにあったのは

長女が1人暮らしをしていたときに使っていた小さい地デジ。

一応、地デジなのにBS機能がついてない安物だった。


で、つい最近やっとわが家でもBSというものを

視聴できるようになり

チャンネル数の多さに慣れてなくて

戸惑いっぱなしだったけど

古いドラマを放送してたりするので

時々楽しむようになった。


昨夜観たのは

『素顔のままで』(1992年)と

29340_395641940516124_798313819_n.jpg


『29歳のクリスマス』(1994年)

当時私は24~26歳だけど

リアルタイムでは観ていない。


3人の小さな娘を抱え子育て真っ最中の専業主婦で

実家の近所に住んでいたので

祖母のお守りもしていたし

時々、娘たちが通う幼児園の手伝いをしていた。


主題歌が流行っていたのは覚えてる。

同世代はちょこっとお姉さんたちのこのドラマを

観て楽しんでいたのかな…。


自分の20年前を思い出しながら

この古い2つのドラマを毎回楽しみにしている。

他は、歌番組とかがおもしろい。


昼間はほとんどテレビ観ることないんだけど

夕方はいつもの『水戸黄門』

♪人生楽ありゃ苦もあるさ〜

♪涙のあとには虹も出る〜

305609_393242524089399_400914333_n.jpg


おっと、今日も始まる~~!!観にゃいけん。
父を見送って半年が経とうとしている。


3年前、突然倒れ

その日に逝ってしまった母は

自分が逝った後のことなんて

考えてなかっただろうな…。


元々そういう人だし(^^;


ただ、常日頃から

祖母のいる高齢者施設に行っては

「ああはなりたくない。」とつぶやいていた。


そう言うた通り

ほんま、ああはならんかったなぁ、かあちゃん。



母とは対照的に

自分の逝き方について

あれこれ語ってくれていた父


「あれやこれや、すなよ。」

延命措置はするなという意味だ。


「んでのぅ、そのまんま土に埋めてくれぇ。」


私「自然葬?」


「いやぁ、そがぁな大そうなこたぁええけぇ

 うちの山ん中の土掘って

 そけぇ埋めてくれりゃあええ。」


私「そんなんしたら

  うちらが死体遺棄でお縄になるがぁ。」


できれば父が生きているうちに

あっちこっち調べて周って

自然葬の予約をしておきたかったけれど

体は辛いし、お金はないし、

思い通りにいかず…


父と母が長年一緒に通った

地元の教会の納骨堂に納めることになった。


「とうちゃんは土に埋まって

 地球の肥料になりたかったんじゃ。

 思うようにしちゃれんかったなぁ。」

と、私が肩を落とすと

東京の弟が言った。


「まぁ、あそこ(納骨堂)も地球の一部じゃけぇ。」


コイツはホンマ、ときどきポツンと

ええことを言う(^^;



先々週…だったかな?

いつものように生協カタログを見ていると

「ひとえの会」のパンフレットを

取り寄せる番号が掲載してあった。


そういえば私、

ひとえのO崎さんにはメールで

『O崎さんが定年までに

 広島県内で自然葬できるところを探すか

 生協ひろしまで自然葬できる場所を

 用意してください。』

って、依頼しておいたんだけど

「ひとえの会」には入ってなかったような気が…(;^^A


というワケで資料を取り寄せた

564401_371322359614749_454215931_n.jpg


無料だからちゃんと登録して

自分の希望を書いておこう。


この先、法律が変わって

骨をあっちこっちばら撒いてもいいよ~

ってことになったら

海とか、山とか、あの場所とか…

まあいろいろ思い浮かぶ場所はある。


けど、たぶん、そんなことはできないだろうから

木の下でも花の下でも草の下でも

海でも川でもいい

とにかく自然葬にしてほしい。


もちろん、そうなる前の

延命治療は無しで

自然に逝きたい。


そんなふうに


父を逝き方を見て

父の生き方を思い


自分の逝き方を考えながら

自分の生き方を見つめ直している




な~んてな( -▽-)w



広島ブログ


別館も更新したよ。読んでね~!
『こなきじじいを背負って・・・』~脳脊髄液減少症の記録~
「2009年6月頃の生活」
http://akubi2007.blog110.fc2.com/blog-entry-54.html
5月28日にこんな日記を書いた。

「友活」
http://tubononaka09.blog34.fc2.com/blog-entry-602.html



そんなこんなでマイペースに友活中。


で、最近とある出来事がきっかけで

少々…いや、かなりプチうつ中。


ま、それもこれまでのことと比べたら

大したことじゃないんだけど

やっぱ、凹んだときって

考えなくてもいいことまで考えてしまい

さらにズド~ンと落ちていくのが毎度のパターン。


そして、そこから抜け始めたら

こうやってブログでも書いておこうか

という気になるのも毎度のパターン。


結局は立ち直りが早いらしい(;^^A


それを繰り返しながら何とかここまで来たワケだけど…


家族の解散まであと1年半、

今、私が何かをしなければいけない

というワケじゃない。


けど、

なんとな~く

ときどき

賃貸住宅の検索サイトを

覗き見してみる。


いわゆる『住活』かな??(笑)


もちろん

良い物件があったからといって

今すぐ引っ越せるワケじゃないけど

ただなんとなく

再来年の春に向けてのイメージ作りと

いろいろな物件データ見てたら参考になるかな~とか

まぁそんな気持ちでね。


生まれてから40年の間

県北の田舎町で生活してきて思う。


今住んでいる場所は

地元よりずっと便利イイけど…


アパートも広めで

1階で小さな専用庭が付いていて

日当たり良くて文句ないけど…


東京とか大阪のような大都会に住んでる人には

笑われてしまうけど…


私には少々、都会過ぎるんよ~(; ̄▽ ̄A


一番の条件は広島県内ってこと。

やっぱ広島県民じゃけぇねぇ。


それと、

今後も車の運転はできそうにないので

やっぱ公共交通機関が使える場所。


と言っても

これも都会暮らしの人には笑われそうだけど

1時間に1本くらいあれば十分なんよね。


バスよりは電車優先

…ってことは場所が絞られる。


山陽本線・芸備線(広島⇔三次)・福塩線(福山⇔府中)

のどれかになる。


でも、なるべく田舎がいい。

欲を言えば空気の美味しいとこがいい。


ついでに言えば

スーパーかコンビニに歩いて行けて

庭付きならもう最高!


そんな贅沢なことを考えながら

あっちこっち見ている。


妄想だけならタダじゃけね( ̄▽ ̄~)



そして次に我が家にとっての大きな課題が


『婚活』


長老の私を筆頭に

東京の弟(来年40歳)と

うちの姉ちゃんズ(27・24・22歳)


私は同年代の男友だちみたいな感じの

パートナーがいればな~って思う。


弟は「子どもが欲しい。」って言うので

「はよー産んでくれる人をみつけんさいや。」

これが毎度の会話。

広島弁と英語しかしゃべれん弟に

東京でイイ人がみつかるのか??


うちの姉ちゃんズは

3人ともまだあんまりその気がないらしい。

いわゆるイマドキの子なのか??

孫の顔がみたいんじゃけど…。


「はよー嫁に行って。」って言ったら

「ママが先に行って。」って返される。

これも毎度の会話。


ん~ でもそれって理屈じゃないじゃん。

こればっかりはどうしようもない。

お互い様か…ヽ(--;



何度か書いた気がするけど

どっかにAB型かB型で40代後半の人

余ってませんか~???


できれば上記ような家に住んでる人がいいな~♪

あ、住居は賃貸でも可。w(-▽- )


私、体調に合わせてマイペースでだけど

一応家事はできるくらいまで回復しております。

ぐうたらな専業主婦みたいな生活ねw


早くに子ども産んで育てたので

もう手もお金もかかりません。


私と一緒になれば

子どもいなくても孫ができるよ~!(多分)


↑どんなキャッチフレーズやねんっ(;^^A



広島ブログ

  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。