FC2ブログ

2012/031234567891011121314151617181920212223242526272829302012/05

4月5日(木)

長女が休みだったので父のところへ連れて行ってくれた。

父は、おもいっきり爆睡中(-_-)Zzzz…って感じだった。

数日間そんな状態が続いていて、食事を摂ることもできなくなっていた。


夜7時すぎ、施設から電話があり

仕事から帰ってきた二女と、学校から帰ってきた長男と、

4人で父のところへ駆けつけた。


父はとても苦しそうに激しい呼吸をしている

声をかけても触っても反応がない

目は開いたまま どこも動かせない


しばらくの間

手を握り 声をかけ続けたら

父の左手がわずかに動いた


「おとうちゃん」


父を呼ぶと

私が握った左手をわずかに動かす


何度も声をかけた

その度にわずかに左手を上げようとする


なんだかまるで


「なにしょうるんなら

 わしのことはええけぇ

 おまえははよう帰って寝とけぇや。」


そう言ってるみたいだ


いや、そう言おうとして

私の手を振りほどこうとしているのだ


「おとうちゃん、わかったよ。

 私は帰って休むけぇね、

 もちぃとがんばってぇよ。」


ここからが長いかもしれない。


お世話になっている施設はうちのすぐ近くなので

二女が父のそばについてくれて

私と長女と長男は一旦家に戻ることにした。


仕事から帰ってきた三女に状況を話し

日付が変わる頃

今度は三女が二女と交代し父に付き添ってくれた。


せめて体だけでも休ませようと

家で布団に入っていたけれど

もちろん眠れるわけはなく…


6日(金)午前2時頃、連絡があった。

「そろそろなので、全員来てほしい。」


8時頃見た姿とは違い

呼吸が弱く、回数も少なくなり、

なんだか穏やかな感じに見えた。


「おとうちゃん・・・」


そう呼びかけながら今度は右手を握った

もう ピクリともしなくなっていた


でも

父は息をしようとしている

生きようとしている


その姿を目に焼き付けてほしくて

息子に言った


「じいちゃんの姿…よう見とくんよ。」


息子は黙ってうなずいた



午前3時

父は最後の呼吸をした後

完全に動かなくなった


ちょっと微笑んでいるような

いつものように 世の中を上から目線で見ているような

とてもイイ顔をしていた



「おとうちゃん

 やっと楽になれたなぁ…」


そして


「おとうちゃん

 ごめん

 ごめんよ…。」


これまでの

数々の親不孝を詫びた





父の体は

東京の弟の到着を待って

地元の教会へ搬送


父と母が出逢い

結婚式を挙げ

毎週通い続け

3年前、母の葬儀を行った教会だ


翌日土曜の夜、NYの弟が帰国

日曜日に父の葬儀を行った。


父が親しくしていた多くの人たちは

父よりだいぶ上の年代だったので

すでにほとんどが先に逝かれている。


「あんたぁ もう来たんね」

「まぁ~まだちぃと早かろう」

70歳の父は

きっとそんなふうに迎えられたことだろう。


長年近所で親しくしていただいた人たち

父の同級生や友人…

みんなで良い見送りができたと思う。


挨拶は一応喪主であるNYの弟が勤めた。

私たち家族の想いを上手く表現してくれた。


「実の両親を“お父さん”“お母さん”と呼ぶことがなく

 『わしには血縁がなかった』と語っていた父ですが…

 子ども3人、孫5人、

 先週1歳になったうちの息子以外の7人が今この場にいます。

 父の血縁であることを誇りに思います。」


他にもあれやこれや…

ちと長かったけど、私らは大満足。

母のときと同様にピアノで弾き語りもしてくれた。


良い葬儀だった。




実家は廃墟なので

その日のうちに7人で 私と子どもたちが住むアパートへ戻った。


生きてる私たちはおなかがすく。


しっかり飲んで食べて

あ~だのこ~だの思い出話に花が咲いた。


物欲の無かった父が遺した物は

最小限の生活用品


メガネをNYの弟に渡した

「これちょうどええけぇ わしが使うわぁ。」


父が愛用していた腕時計が壊れ

一昨年わが家で同居していたときに買った腕時計

激安品だけど父こだわりのものなので

「これ、遺品じゃけ持っときぃ。」

東京の弟に渡そうとしたら


「わしはそがぁなもんはいらん。

 わし自身が遺品じゃけぇ。」



そうよなぁ

私ら自身が

お父ちゃんとお母ちゃんの遺品なんよなぁ…



流行には乗らない派のわが一族

この超高齢化という流行にも乗らなかった父と母


ちぃと早いが 世代交代じゃ。


まだ幼いNYの甥っ子や

これから生まれてくるであろう

父と母の孫やひ孫たちに


私は

おばちゃんとして

おばあちゃんとして

いろんなことを伝えていかねば…


そんなふうに思う今日この頃。



突然だった母のときとは違って

今はわりと落ち着いている私の心と体。


これから日が経つにつれ

寂しさや疲れに襲われるのかもしれない。


でもそんなときは

しっかり泣いて

ゆっくり休めばいい


そしてまた

人生を楽しもう


私自身が父と母の遺品だから




広島ブログ
  1. 無料アクセス解析