2009/031234567891011121314151617181920212223242526272829302009/05

只今、ワケあってプチうつ中

お返事もうちょっと待っててね。。。
2回めのBP(脳脊髄液減少症の治療)から今日でちょうど2年。

長かったのか短かったのか

記憶障害のおかげで時間の感覚がよくわからない。

忘れていることが多いので以前の記録を読んで振り返ってみた。


別ブログの『こなきじじいを背負って・・・』~脳脊髄液減少症の記録~

前のブログから抜粋して少しずつまとめているんだけど

今年に入ってからは引っ越し作業で中断。

もう少し落ち着いたらまた再開しようと思う。


最近の生活については一昨日書いたような感じ

他人からは引きこもりのぐうたら主婦のように見えると思う。


でも、見た目じゃわからない様々な症状は今も残っている。


寝たきりだった頃のことを思えばかなり改善されているわけだから

BPの効果はすごいな~と思うけど…


一方で、2年経っても残っている今の症状とは

今後もずっと付き合っていかなきゃいけないのかという気持ちもあって

症状の辛い日は気分も沈みがちになる。



BP前の主な症状と現在の症状の比較】

◆コナキジジイ
起き上がってしばらくすると現れる。
肩と背中に重くのしかかり、
首を絞め、腰を蹴とばすのだ。
ひどくなると吐き気もしてくる。
コナキジジイは横になるといなくなる。
だからコナキジジイが強いときは、
ほとんど寝たきりになってしまう。


ピーク時を思えばかなり軽くなった。
コナキジジイの大きさは
弱った体で3歳くらいの子をおぶってる感じ。
首絞め感は時々あるが、
腰を蹴飛ばされるような感覚はほとんどない。
吐き気もかなり無理をしたときにある程度。


◆両手の痺れ
コナキジジイに関連。
起き上がってしばらくすると両手が痺れてくる。


軽くなった。
多少はあるが無理をしなければ
日常生活にはあまり問題ないと思う。


◆頭の中身にだけ強い引力状態
コナキジジイが強くなるとこの状態に陥る。
まるで、宇宙人の陰謀か!?っていうくらい、
頭の中身にだけ地球の強い引力がかかるのだ。
そうなると、
生きるためのありとあらゆる機能が停止しそうなほど
気分が悪くなる。


かなり軽くなった。
完治ではないがピーク時を思えば…
いや、もしかしたら慣れただけかも…


◆頭全体と両手に痺れたような痛み
コナキジジイのときの手の痺れとは違う。
横になっていても出てくる症状。
頭はヘルメットできつく絞められた上、
そこから強いビームを頭の中に送り込まれているような痛み、
それと同じような痛みが両手(手首から先)に出る。
この症状のときはケータイを打つことさえできなくなる。


かなり軽くなった。
完治ではないがこれも慣れただけ?
たまにケータイ打つのが辛いことはある。


◆記憶障害
文字通り、記憶がかなり飛んだりぼやけたりする。
書くという作業は体が辛いので、
横になったまま携帯電話で文字を打つようにしていた。
そうやって記録しておけば忘れても後から読める。


軽くなった。と、自分では思っているが、
子どもたちに言わせると
今でもかなり物忘れが酷くて困るらしい。
自覚ある場合とない場合(忘れてるからあたりまえ)がある。
以前ほどではないが、書くという作業は辛い。


◆思考力理解力低下
これも文字通りの症状。
記憶障害と共に頭がボケボケ状態。
外見ではわからないのが一番の難点。
誰が名づけたか、別名『低髄ボケ』
家族はまるで認知症のようだと感じていたらしい。


かなり回復…したと思う。
が、やはり調子悪いときはかなり低下する。
見たもの聞いたことを頭で整理しきれてない気がする。
難しい文書(医療関係とかお役所関係)は理解するのが難しい。


◆言語障害
話そうとしたことが違う言葉になって出てくる。
例えば子どもが脱いだ靴下をそのままにしていたので
「脱いだ靴下、洗濯機に入れて。」と言ったつもりが
「脱いだ靴下、冷蔵庫に入れて。」になってしまう。
私の場合、
冷蔵庫と洗濯機と掃除機がごちゃまぜになることが多かった。
自分では記憶に無いが子どもたちの話によると
かなりわけのわからないことを言っていたらしい。


かなり改善…したと私は思ってるけど
これもやはり子どもたちに言わせると
まだときどき意味不明な変なことを言うらしい。


◆アシュラ男爵状態
脳脊髄液減少症仲間ろくろさん発案の表現。
アシュラ男爵とは、
30年以上前のアニメ『マジンガーZ』に出てきた怪人。
右半身と左半身が別人なのだ。
右半身の痛みはかなり強くても動くのには支障がない。
というより、
横になってじっとしていても起き上がって動いても
どんな状態でも強烈な痛みが続くのだ。
頭・顔・顎・首・肩・腕・手の甲や指・腰・足・・・
とにかく体の右側全部が痛い。
「痛いよぉ~痛いよぉ~」そのうち言うのが疲れてくる。
そのくらい痛い。


軽くはなったが時々ある。
右半身が痛くて痛くて辛い。


◆孫悟空の環
西遊記に出てくる孫悟空の頭につけられた環が
自分の頭についていて
お経を唱えられ締められてるような感じ。


時々あるがかなり軽くなった。


◆きついヘルメット装着
孫悟空の環と似ているけど少し違う。
頭全体の表面が痛い。
きついヘルメットをつけているような感じ。


これも時々あるけれど気にならないくらい。


◆視力低下
右半身の痛みと関係するのか、
右目の視力が落ちた。


相変わらず酷い。
右目が見えづらく、特に広い場所や屋外では困る。
(眼科的にはほぼ異常なしなので脳からきてるらしい)
自宅の中では慣れもあってそこまで不自由ではないが
テレビやパソコン画面を見たり
新聞を読むのには困る。
でも見たいから見るけど…(^^;


◆全身の骨が痛い感じ
低気圧が近づいているときにひどくなる。
頭蓋骨から手足の指先までとにかく骨が痛いような感じ。
強い痛みではないけど、うずくというか…
なんて言えばいいのか、適切な表現ができない。


多少は軽くなったようにも思うが
低気圧が近づくとき・雨が降る直前の辛さは相変わらず。


◆強烈なだるさ
全身が布団の中に溶けていくような身動きとれない状態。


ほぼ治ったように思う。


◆手の力が突然抜ける
ケータイや箸も落としてしまうくらい力が抜ける。


軽くはなったが時々ある。
昨日も横になってケータイいじってて
顔の上に落として痛かった。
料理を食卓に運ぶときとかは
かなり気合を入れて気をつけている。


◆ふらつき
歩いていると急にふら~っと倒れそうになる。


相変わらず酔っ払いのようにふらふら~ふらふら~っとしている。
杖が必需品。
でも、最初の100mくらいはわりとスムーズに歩けることもある。


◆食欲不振
口に苦味があるせいか、
ほとんど寝たきりで動かないせいか、
精神的なものもあるのか…食欲はない。
でも、胃腸が悪いわけではないので、
食べなきゃ!っていう気持ちで、
少なめだけど三食きちんと食べていた。


胃腸の調子が悪くなることが度々ある。
でも、以前のような食欲不振はなく
おいしいものは食べたくなる。


◆口・喉の乾きと味覚障害
口や喉がやたらと乾く。
枕元には常にスポーツドリンクの水割りを用意。
度々口を濡らしている。
それに関連してか、
口に苦味を感じたり、味覚が鈍くなった気がする。


ほぼ改善。
乾燥しているときに通常程度に乾く程度。
味覚はほぼ改善。


◆プチうつ
小さなことがやたら気になりくよくよしたり、
いきなり涙が溢れて止まらなくなる。


たまにはあるが、ピーク時ほど酷いものはない。



1回めBP後の症状と現在の症状の比較】

◆息苦しい
私の場合、この症状はわりと軽くて、
「苦しい」というほどではなく、
がんばって呼吸するっていう感じ。
でも、呼吸を意識するっていうことも普段はないから
すごく変な感じがした。


時々あるが、ほとんど気にならない程度。


◆頭を掃除機で吸い込まれそうな感じ
横になっている状態で、
頭の天辺から掃除機で吸い込まれそうな、
西遊記の話に出てくる
返事したらひょうたんに吸い込まれるときのような感じ。


今はない。


◆my地震
ブログ仲間が発案した表現。
私には時々しか起こらないので忘れていた。
彼女の記事を見て、
「私もあるぅ~!」と思った。
いつも通り布団の中で横になっていると
グラグラグラ・・・
本当に地震だと思って、TVをつけた。
でも、いつまで経っても地震速報は流れない。
よく考えると、
地震の時に必ず一番に鳴るガラスが静か・・・
(室内の戸の上がすりガラスになっていて、
地震の時は真っ先に音を立てる)
そこで、私だけだったんだと気づいた。


一時期気にならなかったのに
今年に入って引っ越し作業で無理をしていると
頻繁に起こっていた。
(本物の自身と区別がつかないこともあった。)
最近はまた落ち着いている。


◆布団が動く感じ
my地震に関連かな?
my地震は文字通りガタガタガタって、
本当に地震と間違えた。
布団が動く感じは、布団ごと移動されてるような感覚。


今はない。


◆睡眠障害
あるときは眠り姫状態
やたら眠るzzzとにかく眠るzzz
不思議なくらい眠るzzz
あるときは不眠症
悩んでるわけでもなく
興奮しているわけでもないのに
とにかく眠れない。


最近はない。
マイスリーなしでも眠れる日が続いている。


◆めまい
目の前の世界が大きく歪む。
横になってじっとしているのに頭がクラクラする。


以前ほど酷いものはない。
軽いめまいといった感じ。


◆歯痛
右半身の痛みに関連?
食べるとき、右側全部の歯が痛い気がする。
でも、歯というより歯の軸?
何て言えばいいんだろ…
虫歯とは違うような…とにかく右側全部が痛い。


今はない。


◆全身筋肉痛
半年以上に渡るほぼ寝たきり生活で、筋力が弱ったらしい。
少し動いただけで全身が筋肉痛になる。
悪天候による痛みの翌日にもなる。
でも、他の症状に比べたら大したことではない。


かなり軽くなった。



長くなったけど、大体こんな感じ。


さて、これからどうすればいいのか…

主治医からは「普段の生活自体がリハビリ」と言われた。

確かに、毎日の家事はこの体にはかなりキツイ作業。

それでもやらなきゃいけないと思ってやっている。


寝たり起きたりしながらだけど

娘たちに養ってもらってるんだもんねぇ。。。


でも、娘たち、二言めには

「とっとと嫁に行って!」


そりゃあまぁ、私自身の辛さをのぞけば

「運転できないぐうたら専業主婦」のような生活はできているんだから

マイペース家事ならできます。

調子良い時は料理そこそこ上手いです。

調子良い時はちゃんと掃除します。

調子悪くても毎日ちゃんと洗濯はします。

ってことで、

マジで婚活させられる日もそう遠くはないのかも…(--;

↑注)今のとこ本人にはあまりその気はない。



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追記


毎日痛み止め飲みまくって

寝たり起きたりしながらどうにか引っ越し作業をしている最中

2月のある朝のことだ。


母から電話があった。


前日から父の具合いが悪いので

ちょうど連休で帰宅していた長女に

病院へ連れて行ってほしいと言う。


長女が父を迎えに行ってしばらくしてから

社員から電話があった。(実家は自営業)


「社長が今から救急車で病院へ運ばれます!」


運ばれるときは意識を失っていたにも関わらず

本人はその直前まで

「寝とりゃあ治る」

母も

「そんなに大げさにせんでも…」

って感じだったらしいが、

脳外科勤務の長女が異変に気づき

救急車を呼んで

市の中心部にある総合病院へ。


救急車を見送りながら長女が私に電話してきた。

「これから追いかけるから」


何もできない私は家でオロオロするばかり。

弟たちに連絡を入れた後は一人泣いて過ごした。



検査の結果、父は脳出血を起こしていることがわかった。

幸い命に別状はないが

長女がいなかったらお葬式になるところだったと聞かされ

ゾッとした。


意識は戻ったし、長くはかかるけど回復する可能性も大きい。


長女が電話してきてくれたので一安心はしたものの

厄介なことに言語障害で意思の疎通ができないという。


母はちょうど1年前、心臓発作で倒れ入院生活を送った。

緑内障が進んでいることもあり会社の事務はすでに退いている。


私は仕事を離れて長いし

今もこんな状態だから何もわからず何もできず…


とりあえずその日の夜から母をうちで預かって

会社の方は社員がなんとか仕事をつなげてくれた。


何もできない私は悲しくて自分が情けなくて

気持ちが張り裂けそうで…

一人の時間は泣いてばかりだった。


それでも母の前では泣かないようにした。


母もかなり憔悴しきっていたから

母の前ではなるべく冗談を言っていつも通り毒舌吐いて

明るく前向きな私を装った。


東京からかけつけた弟は

「姉ちゃんは自分らのことだけ考えろ。」って言ってくれる。

「父ちゃんと母ちゃんのことは選択肢がたくさんある。
 
 東京(自分)でもNY(兄貴)でもええんじゃけ。」って言う。


母は「みんなに迷惑かけて情けない。」


私「とりあえずは一緒に引っ越そう。

  父ちゃんは引っ越し先の近くの病院に転院させれば

  ここから今の病院通うより楽じゃし。」


弟「そりゃあとりあえずはそうしてくれりゃありがたい。」


二女「ま、3LDKだから二人一部屋にすれば住めるしね。」


私「私が父ちゃんと母ちゃん引き取るよ。」


長女「ママじゃなくて二女でしょ。

   何の力もないママも二女に引き取られる立場なんだから。」


私「ハイ、そうでした。ジジババ付きでお世話になります。」



問題なのは長男の学校だ。

転校したくないという長男。中学卒業まで2年ある。

長女が「今の病院やめて2年間こっちで働いて長男みてやるよ。」

と言い出した。

でも、実際は人手が足りず簡単にやめられるような状態じゃない。

13歳の長男には酷かもしれないと思ったけれど

全て受け止めなければいけない現実なので

話し合いには参加させて大人の事情も全部聞かせていた。

長男「寮へ入りたい。」

私「ん…家族が引っ越すとなるとそれも難しいかもしれん。

  学校側に事情を話してはみるけど、ダメならあきらめる?

  離れても友だちでなくなるわけじゃないし

  友だちが減るんじゃなくて増えるって思うようにしよう。

  近い(車で1時間半)んじゃけ行き来もできるし連絡も取れるよ。」

長男「…わかった。長女姉ちゃんに仕事変わらせてまでとは思わん。」

私「ま、後1~2週間はゆっくり考えて決めよう。」

長男「うん。」



そんなこんなで…

私も脳脊髄液減少症の症状に加え心労で寝込む日もあったり

めそめそ泣いてばかりで…


でもさすがに今回ばかりは子どもたちも

「ウザい」なんて言わなかった。

泣きたかったのは子どもたちの方なのにね。


長女は強い。

二女も強くなった。

三女も引っ越したらすぐにバイトみつけて働くって言うし、

長男は思いがけず飛び込んできた試練と向き合った。


なのに私は泣いてばかりのダメな母親だ。。。





その後、

一度は三途の川を渡りかけたのに

父の気力は凄まじいものがあり

少しずつだけど順調に回復。


社員を病院に呼んで支持を出し

時々外泊許可をもらって帰ってこれるようにもなり

もうしばらくは母と二人で生活することを選んだ。



けれど、

当初予定していたように

私と長男は父を頼るわけにいかない。


長男は泣く泣く転校を決め

二女が借りたアパートに

私と共に引き取られることになった。



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まだ、つづく。。。(^^;


引っ越した直後の数日は

家具とダンボールとゴミとホコリに囲まれ

身動き取れない生活だったけど、


その後は

二女の仕事が始まり

長男の学校も始まり

私の生活リズムもどうにか軌道に乗った。



朝は6時くらいに目が覚めるんだけど

この時点で動き始めたら後が続かないので

布団から出るのは7時近くなってからだ。

簡単な朝食の支度をして

長男を起こし一緒に食べたら、

長男はバタバタと支度をして

7時45分頃ゴミ出しをしてから登校。


玄関で「いってらっしゃあ~い!」と見送ると

洗濯機のスイッチを入れて

布団に倒れこむ。


そう、まだ普通に動けるのは1時間くらい。


その後1時間くらい横になって…

でも目は覚めてるので

テレビ見たりケータイいじったりしながら

体を休ませる。


それから洗濯物を干したり

朝食の洗い物をしたりして

また休んで…


二女が遅出の日はお弁当を作る。

(早出の日は作るのは無理なので
 前夜に私がおかずを作っておいて
 二女が早朝自分で詰めている。)

それからまた横になって…

そしたらすぐお昼。

インスタント食品とか余り物とかを食べる。


午後は…

あれ?

何してるんだっけ?


おいおい。。。( ̄▽ ̄;


相変わらず記憶障害もある。


え~っと…


あ、そうそう、


調子の良いときは掃除したり

まだまだ片付け途中の荷物を出して片付けたり…


長女に買い物に連れて行ってもらうこともある。


パソコンでネットしたりとか…


でも、やっぱ体が辛くて寝たり起きたりなので

ほとんど横になってる気がする。

夕飯を作るパワーを残しておかなきゃいけないし。。。


夕方は休み休み夕飯の支度をして

食べたらまた休んで

それから洗い物をして


お風呂に入って

テレビ見て

寝る。(-_-)Zzz


こんな感じかな。




長男はゴミ出しと風呂掃除を担当してくれてるけど

娘たちは家事を一切やらない(--;


まぁ、養ってもらってるんだから

それでも特に不満はない。


体辛くても

体調に合わせて手抜きしながらのマイペースでなら

こうして家事できるくらいにはなったわけだし…

(調子悪いときはインスタントや冷凍食品になるけど)



でもまだ自力での外出はできない(_ _;)


時々は子どもたちが近所に連れ出してくれたり

長女が車で近場に連れて行ってくれたりはするけど…


杖ついててもふらつきが酷いし

外では目が見えづらいし

途中でかなり辛くなって倒れそうになるので

子どもたちから一人での外出を禁止されている(T_T)



そんなワケで…

頼れるアッシーくん(死語?)が欲しい今日この頃。。。(⊃_;)



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新居は、

日当たり良くて

広くて

公共交通の便利が良くて

生活しやすい場所だ。


でも…

なんだかあまりにも素敵すぎて


こんなとこに住んでいいのか?

っていう戸惑いと違和感と


私にはもったいないわぁ~!

っていう罪悪感に似た気持ちが湧いてきて

とってもとっても複雑な心境だった。

今時のごく普通のアパートなんだけどねぇ…


18年以上居た借家が1968年築で

日当たり悪くてめちゃめちゃ結露で

壁塗り直してもカビだらけ

冬は隙間風と床からの冷えでめちゃめちゃ寒い(><)


でもそういう生活に慣れちゃってたもんだから…


いや、もちろん、そんなのが気に入ってたワケでは全然ない。



でも、

私の中の貧乏性という名の悪魔(?)が

変に邪魔をしているような…


いやぁ~

ホンマに

この貧乏性ってのは

邪魔だわぁ\(--;




で、不動産屋さんの反応はというと、


まず、二女が普通に挨拶

「先日はありがとうございました

 今日は母を連れて来ましたので…」


ここの不動産屋、30代くらいの兄弟とお母さんがやってる。

最初に出てきたのは明るくチャキチャキした

商売上手な感じのお母さん(60歳前後かな)


二女の言葉で私の方を見て

まるでドラマみたいに一度視線を外しもう一回見て


「えっ お母さん!?」


長女&二女「はい…」


「まぁ~!」

って言いながらもう一回訊かれた。

「お母さん???」


そうだって言ってるでしょ(^^;


って内心爆笑しながらも

「お世話になります」

と、笑顔で挨拶をする私。


「まぁ 若い~~!姉妹みたいながぁ~!!」

後ろに居た息子さんに向かって

「こちら、お母さんじゃと!」

息子さんたち、固まってる~(^^;


嫌味な感じじゃ全然なくて

わりと好い印象でとっても話やすいおばちゃんだ。


「イイ娘さんたちですよねぇ」

って何度も言われた。


「ハイ、私の子ですから…」

とは、言わず

「私がこんな体になってしまったもので

 娘たちには苦労させてます。。。」


娘らの外面がイイのは私に似たからか???



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つづく。。。

二女の就職が決まった場所は県内某所。

そこそこ田舎なんだけど

超田舎もんの我々母子からすると都会なワケで…

部屋探しはわりと楽かなと思っていた。


が、違った(--;


2階建てのアパートはたくさんある。

でも、空いてるのは2階ばかりで

なかなか1階の空き部屋がみつからない。

体の悪い私が2階で生活するのは困難なので

とにかく1階を探した。


と言っても、

私はネットで見るだけで

現地へ行って探せるはずもなく…


お子たちとあれこれ話し合い

長女と二女の休みが重なった1月下旬、

二人が不動産屋めぐりをして決めてくれた。



二女

『それがさぁ~ 姉ちゃんの言い様が酷いんよ。

 ママのことめっちゃ悪く言うんよ。

 思考力が低下してボケとるだのなんだのって

 まるで認知症の高齢者みたいになっとるかのようにすごい言うけぇ、

 アンタ、なんてこと言うんだっ( ̄◇ ̄; って思ったよ。

 だって、印象悪くしたら困るじゃん。

 ちゃんとフォローしといたからね。

 でもね、不動産屋さんがえらい気にしちゃって

 
 「お母さん、(普段)一人にしておいて大丈夫ですか?」


 とまで言われてしもうたんよ(--;


 だから


 「大丈夫です~w(^◇^; 

  少しずつ家事もしてますし、

  散歩はしますけど

  夜中に俳諧するとか

  そういう類のことではないですからぁ~w(^▽^;」


 フォローするのホント大変だったよ。。。\(-д-; 』



どこまでフォローになっとるんかようわからんけど…


長女、一体何を話したんだ??? ( ̄△ ̄;



そりゃあさ、

元気な頃のママと比べたら

寝たきりは脱したとは言っても

まだまだボケ病人ですよ。


いつもキミたちに

「もうっ!何回も何回も同じこと訊かんでやっ!!」

って怒られてるさ。。。

(でも内容忘れるからまた訊いてしまう)

三女も長男も

「お母さんに言っても無駄だから…」

って、いつも言ってるさ。。。



とか言いながら、私は大爆笑。


私「今度ママが行ったらビックリしてんじゃない?」

二女「そうよね、『聞いてたよりまともじゃ』とか思ってじゃろうね。」

私「あ、でもそのくらい悪く言っとく方がええかもしれんね。

  多分、普通に考えたら20代の娘がおって、病気でボケとって…

  って思ったら、“実年齢50歳くらいだけどすごい老けとる”のを

  想像しとってじゃろうし…

  実際ママが行ったら、若すぎてビックリしてじゃわぁ~」



時々こんなふうにどうでもいいことで爆笑することもあった。



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つづく。。。


年明けから長年の荷物の整理とかをやった。


その作業がめちゃめちゃ大変(><)


私が普通の体なら

こういう大きな出来事は楽しんで

はりきって動きまくると思う。


でも、楽しみたくても体が自由にならない(T_T)


30分くらい作業すると

1~2時間横にならなきゃ

次のことができなくなる。


それを一日に2回もすればかなり具合い悪くなってしまう(T_T)


クリノリルを飲んで

効いてる間にまた少し片付けて…

そしてまた痛みが酷くなりバテる。。。ミ(o_ _)o


間では普段の炊事や洗濯もやらなきゃいけないし…(T_T)


1日にできる作業がほんのわずかだから

早くから取り掛かってるのに

なかなか進まない(T_T)


でも、仕方ないからまたクリノリル飲んでがんばって…

そしたら今度は胃の調子がぁ~(>o<;)


そんな中、プチうつに陥り

涙がぽろぽろぽろぽろ出て(;_;)


なんだか子どもに引き取られるおばあさんみたいで

すごく情けなくなったりして(;_;)


このボロい借家で子どもたちを育てた日々を

いろいろと思い出したり(;_;)


こんな感情は本来なら

かなり年を重ねてから味わうもんなのに…

多分80歳くらいで…

私はまだその半分しか生きてないのに…


この町やこの家に未練があるわけじゃなくて


脳脊髄液減少症になって

BP受けてある程度回復はしたものの

完治には程遠くて


とうとう子どもの厄介になる


そんな現状が

どうしようもなく悲しくなって(;_;)


それでも子どもたちがちゃんと考えて

面倒みてくれるって言うんだから

本当に幸せなことで…


それはよくわかってるんだけど

いろんな感情を整理仕切れなくて


毎日、毎日、

涙がぽろぽろぽろぽろこぼれた。。。(;_;)



広島ブログ


つづく。。。






あまりにも長くブログから離れていたような気がして

なんだか戸惑っている自分がいる。


え~っと・・・

まずは・・・

そうそう、


わが家は先月末

県内某所に引っ越してきた。


前のブログは非公開にしたので

おさらいね(^^;



昨年末、福祉系の学生だった二女の就職が決まり

経済的な事情もあって(それが一番大きい)

わが家はこの春初めて地元を出て引っ越すことになった。


すでに就職していろいろ助けてくれている長女の町と近くなるので

県北の不便な田舎にいるよりは行き来しやすくなり

何かと心強い。


でも、中1(当時)の長男は転校するのを嫌がった。


そりゃそうだよね

じゃあ、あと2年はじいちゃんばあちゃんの家に世話になろう。


ということで

古くてボロい借家は出ることにした。


とりあえず、二女と三女は(わずかな)家財と共に引っ越して

私と長男は実家で過ごし

学校が休みのときに引っ越し先へ行くという二重生活(?)


そして2年後、長男の進学先を新居から通える高校にして

中学卒業と同時に移住しよう。


・・・と、いうのが当初の計画だった。



が、しかし、

2月のある日

思いがけない事態が発生し


私と長男は急遽

この春から二女に引き取られることになってしまい

長男は泣く泣く友だちと別れ転校することに・・・(⊃_;)



広島ブログ



つづく。。。(多分)
ようやくブログ界に戻ってまいりました。


引っ越しトラック


家も引っ越し

ブログも引っ越してタイトルも変えて

心機一転!


みなさま、改めてよろしくお願いいたします。。。m(_ _)m



さてさて、この数ヶ月

アクビ家に一体何が起っていたのか…\(― ―;)


ま、公表できないこともいろいろとありますが…

日々のつぶやきと共に

この間の出来事を

書ける範囲で書いていこうと思いますφ(..)


ぼちぼちと…ね。



広島ブログ



まだまだ体調が不安定なので

みなさんのブログにも少しずつおじゃましていきます。

待っててね~!

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