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さてさて、いよいよ引っ越し狂想曲最終回。

これまでの話はカテゴリの引っ越し狂想曲を読んでね。


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2004年春 

長女が高校を卒業 看護学校進学のため家を出た。



2007年春 

二女が高校を卒業 短大進学のため家を出た。


この年、長女は看護学校を卒業。

看護師資格は取ったけれど

寝たきりだった私に代わって家事をするため家に戻り

実家の自営業を手伝いながら

小学生だった末っ子長男の面倒をみてくれた。



2008年春

長女は看護師として就職し家を出た。



2009年春

二女が短大を卒業 私たちと同居することになった。



そして 2009年7月末

長女の荷物を運び込んで

5年4ヶ月ぶりに私と4人の子どもたち

5人での生活が始まった。



体を悪くしてしまった長女と二女

でも、若いんだからすぐに回復するだろう。

ゆっくり休んでしっかり治して

それからまたがんばってくれればいいや。


このとき長女は

回復して再就職できたらまた家を出るつもりだった。

だから家電はそのままにしておいたんだけど…


その後、

8月 母との突然の別れがあって

このときみんなが動けたのは

全員無職だったからという不思議。


実家は自営業、父は脳梗塞、

ホントにもうあれやこれや大変なことになって…


結局、二女に白羽の矢が刺さり

実家の自営業を臨時で手伝ってくれることになった。



9月の末に主治医の許可が下りた長女は早速仕事を探し

うちから近い場所で外来看護師の仕事が決まった。


甘えん坊の元ニート三女も働き始めた。



10月に入ってようやく落ち着きを取り戻したわが家。

でも、まだ荷物の片付けは終わっていない(--;


うちから近い職場を決めたことと

みんな一緒に暮らす方が経済的にも助かるということで


「同棲か結婚するまで家を出るの禁止ね。」


長女は二女・三女にそう言った。

もちろん自分もそのつもりだそうだ。


11月末

長女の家電をリサイクルショップに買い取ってもらい

三女と長男が家具の配置を換えてくれて

ようやく5人での暮らしが整い始めた。


二女は実家の仕事から解放されたものの

ワケのわからないことを必死でやって疲労困憊(@_@;)

11月には40度近くの熱を出し寝込んでしまった。。。ミ(o_ _)o

詳細は書けないけれど

この秋の二女の頑張りはものすごかった。


長女「私と三女が働き始めたんだから年内はゆっくり休ませてやろうよ。」


というワケで、年明けから就職活動を始める予定。




某漫才師が書いて売れた貧乏生活を綴った本

父親が子どもたちに「解散」って告げる場面が話題になったけど…


私たち母子も

いつかは解散する日が来ると思う。


娘たちがお嫁に行ったり

末っ子長男が進学したり…


長女「ママが嫁に行ってくれるのがうちらは一番ありがたいんだけどね」


ん~

それは難しいかもよ( ̄△ ̄;

どっかに引き取ってくれる奇特な人がいるかしら???



とにかくまぁそんなこんなで

とりあえずは

私 長女 二女 三女 長男

5人仲良く(ホンマかいな?)

一緒に暮らしていくことになったのだ。


いつか素敵な解散をするときまで・・・ね。




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引っ越し狂想曲  お・わ・り





引っ越し狂想曲を読んでメール・メッセージ・非公開コメントをくださった方々

ありがとうございま~す!

できればブログのコメント欄にも一言お願いします(^人^)、

今後の励みになりますので…(^▽^)ノ

7月末

長女の引っ越し作業をした。


わが家で唯一運転できる長女

過労で倒れ寝込んではいたけれど

通院日や体調がマシな日に合わせ

3~40分の道のりをがんばって運転した。


私は助手席。

どうでもいいくだらない話や

笑える話をしゃべりまくる役。

正直、私にはそれもしんどかったんだけど…

体調悪いのにがんばって運転している長女は

しゃべってテンション上げてないと

朦朧としてくると言うのだ。


二女は腰を悪くしているので役に立たず

求職中だった三女、休日には長男(中2)が一緒に行ってくれた。


寮の部屋はエレベーターなしの4階(´△`;)


部屋に着いたら

長女は作業が終わるまで横になっている。


私もしばらく横になって

そのまま三女や長男に指図をし

30分くらい経って動けるようになったら

少しずつ生活用品や小物を箱に詰めたりした。


そしてそれを三女・長男が車まで運ぶ。

その間、私はまた横になる。


車に載せられるだけ載せたら

三女と長男はバスで帰る。

(軽自動車だから後部座席にも詰め込んだ)

車が混む時間を避けて

長女と私は車で帰る。


家に着いたら

長女と私はバタンキュ~(表現古すぎ?笑)


三女と長男が荷物を車から家に運ぶ。


そういう作業を数日に分けて行い

寮の部屋の掃除も三女と長男がやってくれた。


冷蔵庫と洗濯機は小型だから軽自動車に載るサイズなんだけど

それでも運ぶのが大変。

長女は家族ぐるみで付き合いのある

友だちのお兄さんに頼むことにした。


そのお兄さんとうちの長男とで4階から運んでくれて

家電もわが家へ到着

ようやく荷物の移動は完了した。


が、

置き場がない。


ということで

冷蔵庫・電子レンジは私の部屋に

洗濯機は長男の部屋に(--;

その他の荷物は各部屋の押入れに…


春に引っ越してきたときの荷物の整理はすんでないし

短大でアパート暮らしをしていた二女の荷物も

一部はそのままだし…

(二女の家電は友だちにあげたり実家に置いたりした)

それに加え長女の荷物が加わったもんだから

ホントにもう、どこに何があるのかわからない(@_@;)


そしてわが家は全員無職状態(T△T)

これからの生活はどうなるのか!?


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次回はいよいよ引っ越し狂想曲最終回!(予定)


前回までの話はカテゴリの「引っ越し狂想曲」で。。。


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長女が過労で倒れ、退職し、私たちと同居することになった7月

介護福祉士をしている二女が腰を悪くしてしまった(><)


こちらもドクターストップがかかり

しばらく自宅療養していたけれど

いつ回復するものかわからないし

仕事に出られないから収入もなくなる。


このままでは困る~!


ということで、

二女は転職を考え

退職することになってしまった。


毎日家に帰ってあれやこれやと職場の話をしていた二女。

夜勤もあるし早出もあるし

確かに体力的には大変そうだったけれど

仕事の話をするときの二女は生き生きとしていた。

介護の仕事は好きだったのに…本当に残念だ。


そもそもわが家がこの町に引っ越してきたのは

二女の就職がこの町の高齢者施設に決まったからなんだけど

わずか4ヶ月でこんなことになるなんて

もちろん思ってもみなかった。


看護師の長女、介護福祉士の二女、

日本の医療・介護現場の現実を目の当たりにしてしまった。


なんだかんだ言っても

長男は泣く泣く転校してきたわけだし

都会なような田舎なようなこの町

県北よりはずっと交通の便利も良いんだから

他の場所に移る理由はない。


このままこのアパートで

長女も一緒に5人で暮らすことにした。


もちろん経済的にはギリギリの綱渡り状態だったけど

1~2ヶ月はなんとかなりそうだ。


さぁ、三女よ、キミの出番だぞ。

姉ちゃんたちが一度に倒れてしまったんだから

回復するのを待ってたらわが家は持たない(T_T)

急いで仕事みつけてくれ~!!


と、その前に

そう、7月いっぱいで寮を出なきゃいけない長女

荷物をどうやって運ぶ!?


お金はギリギリの生活費しかないから

引っ越し費用はないのだ…\(--;




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つづく。。。


今年も残すところあとわずか…

あ、「引っ越し狂想曲」 年内に最終回まで書こう思いようるんじゃけ急がにゃ


*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*....


そう、

6月には引っ越し作業ひとまず終了。


の、はずだった。


が、しかし…


実は引っ越してきてすぐの4月

大病院で看護師をしている長女が過労で倒れてしまった。

ドクターストップがかかりしばらくの間わが家(新居)で休養し

5月には仕事に復帰したんだけど…


重症患者ばかりの病棟での過酷な勤務に再び悪化。

7月 またドクターストップがかかってしまった。


で、長期休養をすすめられたが

きちんと退職という形を取った方が正式に人員補充できるので

職場に迷惑がかからないということで

泣く泣く退職することになった。


涙目で帰って来た長女


私「(上司に)叱られた?」


長女「その逆。みんな優しくて…

   『元気になったら戻っておいで』って泣いてくれちゃった(⊃_;)」


日本の医療従事者は厳しい環境におかれている。

20代でも過労死するような仕事だ。

もちろん私は長女をそんな目に遭わせたくはない。


そんなワケで、

7月いっぱいで退職することになり

主治医の許可が下りるまで自宅で休養することになった。


つまり、7月いっぱいで寮を出なければいけないのだ。

さて、役に立たん私と、具合悪い長女、


長女の引っ越しはどうなる!?


大変じゃぁ~!!



ところが、わが家のハプニングは

これだけではすまなかったのだ。



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つづく。。。
そういえば昨日から12月じゃ(・・;

県北部から県南部へ引っ越してきて初めての冬。。。


ん?冬ぅ???

全然冬らしくな~い!!


県北のみなさん、いかがお過ごしでしょうか?

こちらでは今のところコタツひとつで生活していて

朝晩もまだヒーターの出番がありません(^^;

ガス代も電気代も安くて助かるわぁ~♪


さて、引っ越し狂想曲のつづき…


*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*....


6月に三女の荷物を運んで同居して

それで引っ越しは終わりじゃろ

…って、思ったでしょ?


実はその後、

予定になかったもうひとつの引っ越しが決まったのだ(×o×;


それは長女の引っ越しだった。


次から次へと訪れるわが家のハプニング…\(--;



今日はその話を書こうと思ったんだけど

しんどいので予告だけってことで。。。ミ(o_ _)o



つづきはまた今度、気が向いたときにね(^。^;


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さてさて、ようやく続きを書く気になった

引っ越し狂想曲 f(^^;

(↑これまでの話はカテゴリの「引っ越し狂想曲」を読んでね)


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2月の思いがけない事態発生

私は急遽、長男と共に二女に引き取られることなったワケなんだけど…

その後の父は持ち前の気力で回復し

5月のはじめ(だったと思う)に退院した。

実家へ残り母の仕事を手伝っていた三女も

5月の終わりには私たちのところへ同居する予定だった。


が、

5月の半ばを過ぎたある日

今度は脳梗塞で父は再び入院。

その症状はかなり厄介で

三女が付き添い介護してくれていた。

でも、とうとう前回入院していた病院では手に負えなくなり

転院することになってしまった。


その転院先がひまちゃんくんちゃんさんの住む町で

理由が理由だったので気持ちは複雑だったんだけど

思い切って会うことにして

ついに感激のご対面~!ってことになったのだ。


転院先は完全看護で付き添いは必要なかった。

でも、母をひとりにしておくのは心配なので

私たちと同居を予定していた三女は

もうしばらくの間、実家で暮らすことになってしまった。




その後、父はなんとか落ち着き、退院。

6月にはようやく三女が同居できるようになり

友だちに頼んで三女の荷物を新居に運んでもらった。


体の具合いは悪い父と母だけど

まだ二人とも60代だし

なんとか二人で生活していけるだろう。


何もできない私の代わりに三女を犠牲にするつもりもないし…

いろいろ気になることはあるけれど

私・二女・長男の生活に三女が加わり

長女も毎週末帰って来るし

新居での生活も徐々に落ち着いてくるはず…


と、このときは思っていた。


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まだまだ(?)つづくんよ~ 多分ね。。。

ようやく引っ越し狂想曲の続きを書く気になった(^^;


私や姉ちゃんたちの心配をよそに

足をひっかけられることもなく

長男はすぐ新しい学校に馴染んだようだ。


初日の挨拶はさすがに緊張したそうだけど

「どっから来たん?」

「○○町。」

「それって広島(市内)?」

「は?(^。^; 県北の田舎で~」

こっちの中学生には知られてないほど

地味な地名なのかと思ったらしい(^^;


こちらの中学生はやんちゃで授業中は騒がしく

ちゃんと勉強できる雰囲気ではないんだとか…(・・;


でもまぁ、うちの子も優等生ってワケじゃないし

かと言って、やんちゃだったり

逆に暗かったりするワケでもないので

人間関係は上手くやってるようだ。


自宅を行き来するほどではなくても

校内では気軽に話せる友だちも何人かできて

新しい生活を楽しんでいる。


夜や休日には

長女姉ちゃんが買ってくれたケータイに

前の学校の友だちから連絡が入る。

携帯番号とメールアドレスを

仲の良い子に託したので

突然の転校で驚いた同級生たちからだ。


でも私は…実はちょっと気がかりだった。

度々連絡を取り合ってると

こっちの学校に馴染みづらくなるんじゃないかな…って。


だけどそれは私の取り越し苦労だったようだ(^^;

前の学校から離れたくなくて辛い思いをした長男だけど

今の学校も楽しくて大好きなんだ。


あっちの友だちも、こっちの友だちも、

両方大切にしているようなので

お母さんは安心してるよ~(^^)


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話が前後します…(^^;




一人では買い物に行けない私

以前からずっと生協ひろしまの配達が命綱


私と長男が新居に住み始めたのは3月25日(水)

その前日24日(火)が旧居での配達最後の日だった。

移動する日が決まってすぐに担当さんにお願いしてあったので

住所変更と配達場所の変更はスムーズ(^^)v


旧居最後の配達のときは

老体…じゃなく病体に鞭打ちながら引っ越し作業に追われていて

あんまりしんみりできなかった。


18年と半年前、ここで生協に入ったんよねぇ…


…って、もっとしみじみして

毎週ご近所の人たちと集まってた頃を懐かしく思って

涙の一粒でも流すんじゃないかと思ったのに。。。


そのときは朦朧としていて

そんな余裕はまるでなかったように思う(´△`;)

(↑すでに記憶がほとんどない)


でも、引っ越し前後は料理どころじゃないってことが自分でもわかってたらしく

インスタント食品や冷凍食品を大量に注文していた。


新居では月曜が配送日。

事前にインターネットで注文しておいたので

翌週、30日(月)には早速配達があった。

担当さんは明るく元気なお姉さん。

長年生協を利用してるけど女性の担当さんは初めてだ。

年は私より2つ上で、親しみやすい人なのですぐに仲良くなれた。


友人も知人もいない町に来て

しかも自分じゃでかけることができない私。

寝たり起きたりしながら家事がんばって

調子悪いときはネットも思うようにできないから

人と交流する時間がない。


寂しい毎日なんだよ~(⊃_;)


でも週に一度、生協トラックがやってきて

担当さんが明るく元気に商品を運んできてくれる。

それがとっても楽しみなのだ(^^)


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インフルエンザから回復した長男は

春休みの間に友だちと遊んでくると言って早速帰省(^^;

母と三女がいる実家へ泊まりに行った。

仲良しの子にだけは転校すること話していて

その子と会ってみんなへの手紙を託したそうだ。


あれほど嫌がっていた転校を受け入れた長男を

長女姉ちゃんはめっちゃ甘やかし

ケータイを買ってくれた。

長女「長男の分の月々の支払いは仕送りとは別に私が払うよ。」


友だちみんなへの手紙には

ケータイの番号とアドレスを書いたらしい。

始業式の日、その子にみんなの前で読んでもらうよう頼んだそうだ。


帰省から戻り、長女の車で私と長男は転校手続きに行った。

新しい学校は前の学校の倍の生徒数だ。


その後、長女や二女が長男を連れ歩いて

制服・指定カバン・体操服・靴…

必要なものを揃えてくれた。



私も、私の親も、娘たちも、ずっと地元だったので

転校は経験したことがない。

田舎とはいってももちろん

同級生の中には転勤族の親を持つ子がいたり

親のUターンで転校してきたりとか

いろんなワケあり家庭の子とか

身近に転校生は何人かいたけれど

わが家にはこれまで全く縁がなかった。



家では転校話で盛り上がり

悪ノリした私はついつい


「まずさぁ、前から入って先生に紹介されて挨拶して

 席につこうと後ろへ歩き出すじゃん、

 そしたら後ろの方に座ってるヤンキー系の子が足を出す。

 その足に引っかかってこける。

 胸ぐらつかんでこのヤロ~ッってなって

 殴り合い、椅子や机振り上げる。。。」


長女「いつの時代よ\(--;」


三女「出された足、飛び越えればいいんじゃない?(・。・)」


二女「違うよ、引っかかったふりして

   すばやく柔道の受身で美しく回転するんよ。( ̄▽ ̄)」

(長男は柔道やってる)


長女「出された足のつま先踏んで、何事もなかったように席に着く (--)」


私「小指がいいよ、小指が。」


長男「いいかげんにしろよ。。。( ̄  ̄;」


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つづく。。。


3月25日に最後の荷物を…って、書いたけど

実はまだ残っていた。

二女と三女の部屋は片付け終わってなかった。


旧居の明け渡しは30日。

貸主である某企業の担当さんにはこちらの事情を話してあったので

私が立ち会わなくても娘が鍵を返せばいいということになった。


当初、二女と三女が荷物を出し、掃除をしてから

その日を迎えるはずだったんだけど…

二女、まだ車の教習所へ通っていて

(実は今もまだ休日にこちらから通っている。
 本人にやる気がなくてなかなか免許取れない(T_T)
 なので今は原チャリで通勤している。)

その日も時間が取れなかった。


旧居は築41年で酷い状態。

事前の電話で

担当さん「今後はもう誰にも貸しませんから掃除はされなくていいですよ。」

娘たちにとってはラッキーな話。

それに甘えて荷物の運び出しはギリギリになったようで…(--;

それでもなんとか間に合い

三女がちゃんと明け渡してくれたのだった。


娘たちは最後の最後までバタバタして

私は新居でインフルエンザの長男と一緒にバテてるし

なんだかちっともしんみりできずにいた。


でもまぁ、幸いなことに

インフルエンザは私にも姉ちゃんたちにも移らなかったので

二女は慌しく行ったり来たりして

4月1日の入社式を迎えた。


二女名義で借りたアパートで

私と二女と長男の三人暮らしが始まった。。。

(長女と三女も行ったり来たりでいつも一緒にいる気がするけどね)


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つづく。。。


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